歩行者である私たちは、自動車の発する音からすばやくその車が加速しているのか、そのスピード、方向、さらには運転手の態度まで察知します。しかもほとんどの場合、無意識のうちに判断しています。ほとんど音のしないハイブリッドカーや静かな車(Quiet Vehicle: QV)がICE(Internal Combustion Engine: 内燃エンジン)車と同様に市場での存在感を増すにつれ、歩行者はこれまで聴覚で得ていた重要な合図を失い、その安全性が脅かされています。
アメリカのNHTSA(国家道路交通安全局)による調査によると、静かな車はICE車に比べて対人事故が多いといわれており、歩行者の安全確保は自動車メーカーにとってますます懸案となっています。最も危険と考えられるのは、車両と歩行者が接近する街中です。時速30キロ以下で走行するため、風切り音やタイヤ音のレベルが低くなる一方で、周囲の暗騒音はモーターやパワートレインの音をマスクするだけの大きさになります。
すでに欧米では法的措置が検討されており、今後10年の国際的な規制ではメーカーに接近通報音を実装することを要求しています。ですが、ここで疑問がわきます。静かな自動車はどのような音を発するべきなのでしょうか?
この議論には、次のような大きく3つの立場があります:交通騒音が大きく低減された静かな環境を求める環境保護主義者、移動している自動車を識別するために音を必要とする健常や弱視の歩行者、そしてブランドイメージを打ち出したい自動車メーカーです。これら3者が完全に対立することはありませんが、折り合いをつけるのも容易ではありません。この問題に対処するために、すでに実績を重ねたNVHシミュレータのモジュールとして、ブリュエル・ケアーはPULSE Exterior Sound Simulator(ESS)をリリースしました。
ESSは従来のICE車開発にも十分に応用できます。吸気や排気システムのような独立した音源の設計や、スポーツセダンの特徴的な排気音チューニングなどがその例です。応用例を問わず、個々の自動車を正確に識別するという意味でも、自動車のイメージを強化する音作りという意味でも、差別化がキーワードです。
ESSモジュールには、バーチャルの市街地シナリオも含まれています。シナリオには、ラウンドアバウトや交差点、信号機、制御可能な交通量、そして駐車場や建造物を含む、市街地を構成するあらゆるものが含まれています。都市騒音や横断歩道での誘導音などを組み合わせ、ESSモジュールは車外音の正確な評価のためのサウンドスケープを作っています。リアルかつ制御可能な交通騒音は、効果的なベンチマークには欠かせません。距離減衰、パン効果、ドップラーシフト、音源減衰や定位など、合成音にはこれらすべての効果を加味して、実世界を模擬します。
PULSE Exterior Sound Simulatorには、チャンネルマッピング機能が実装されているので、追加の装置なしで直接3次元音場(5.1 ch、8.1chなど)での再生も可能です。モデルに含まれるそれぞれのサウンドオブジェクトを異なるスピーカーに定義したり、空間上に定位させたりできます。相対速度や音源と観測者の向き、そして音源の放射指向性なども考慮しています。
ESSは、取り扱う音のデータを「サウンドオブジェクト」と呼び、タイヤの転がり音やエンジン音などの一般的な自動車の機能を再現するためのルールがあります。このようなサウンドオブジェクトのひとつにピッチ可変ループ音があります。静かな車の通報音によく用いられ、車速やスロットル開度などの自動車のパラメータに応じて変化しながら繰り返し再生されるものです。
バーチャル車両にはサウンドオブジェクトとして、想像以上に複雑なICEの音やソナーやSFのような奇妙にも感じられる音などを定義でき、これらのアサインされた音はリアルタイムで編集も可能です。ESS上で音のデザイン、評価、選別ができたら、その音をSimSoundモジュールにダウンロードして、実車に接続し、実走行での検証を実施することができます。
自動車開発において、顧客の印象に大きな影響を与えるサウンドデザインはすでに主要な検討事項です。将来の自動車でもサウンドはその独自性を示す重要な特徴、つまり後ろから名前を確認したり、フロントグリルを見たりするだけでなく、音を聞いて瞬時に車種を思い浮かべられるようになっていくための特徴であり続けるでしょう。音をデザインし、環境と歩行者を双方のロビー団体からの要求と折り合いをつけることは、重要な挑戦です。